徹底レポートそのうち

三菱地所レジデンス (神奈川県鎌倉市)

  • 江ノ島の海に近い※、鎌倉の住宅地。南雛壇状の高台
    (片瀬海岸東浜海水浴場まで約590m)
  • 全区画2台カーポートを想定した、土地面積200平米台中心のゆとりある区画
  • 腰越・目白山界隈は、明治・大正期の名士の別荘地

この物件をレポートするのは

Fukuoka Yumi 住宅ライター

ライター・住宅ローンアドバイザー・ファイナンシャルプランニング技能士。住宅関連情報誌のレポーターやラジオ等の構成作家としても活動中。自他ともに認める住宅オタク。チェックしたモデルルーム&モデルハウスは数知れず・・・。

この物件の注目ポイント

鎌倉・腰越の丘 住宅地、現地レポートがスタート!

みなさん、はじめまして。
住宅ライターの福岡由美です。

本日から三菱地所レジデンスの宅地分譲
【鎌倉・腰越の丘 住宅地】のレポートサイトがスタートしました。

物件ホームページ等では紹介されていない住環境の魅力や
新生活に役立ちそうな周辺施設情報など、
様々なトピックスを、実際に現地を見て、歩いて、
写真でレポートしていきますので、どうぞお付き合いくださいね!

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▲初回レポートとなる今回は、この【鎌倉・腰越の丘 住宅地】がどんな場所に位置しているのか?
そして、どんな歴史を持つ街なのかについてご紹介します!

※【鎌倉・腰越の丘 住宅地】現地販売センターと現地の風景・・・・・・2015年2月撮影。


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▲まずは、こちらのマップをご覧ください(クリックすると画像を拡大して確認できます)。
現地は湘南モノレール『目白山下』駅から徒歩2分、
江ノ島電鉄『江ノ島』駅から徒歩8分。
小田急江ノ島線『片瀬江ノ島』駅も徒歩15分の距離にあり、3路線の利用が可能となっています。
“一戸建ての宅地=駅から遠いのでは?”というイメージをお持ちの方も多いと思いますが、
最寄りの『目白山下』駅から“徒歩わずか2分”という近さはとても魅力的ですね!

※上:現地案内図、下左:販売センター地図、下右:現地区画図。
※風致地区の条項については鎌倉市ホームページを参照したもの。

また、駅からは近いのですが、現地の地域・地区は
『第一種低層住居専用地域』と『鎌倉風致地区』に指定されているため、
いわゆる“駅近”の喧騒はありません。
落ち着いた街並みの住宅街が続いています。

ちなみに、『鎌倉風致地区(第2種)』では、建物の高さ制限が8メートル、
建ぺい率が10分の4に定められていることに加え、
この地域ならではの『腰越五丁目地区 地区計画』により、緑化率が25%に定められています。

建築物の位置、形態、意匠(色彩、材質を含む)が周辺と調和すること、などの条項が設けられ、
緑豊かな美しい街並みの保存が図られているのです。

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▲実際に現地を歩いてみた写真がこちら。
左上は、最寄り駅の湘南モノレール『目白山下』駅の出口。
この出口を出て住宅街のほうへと進んでいくと、緩やかなカーブに差し掛かり(右上写真)、
その先にはもう【鎌倉・腰越の丘 住宅地】で建設中の住宅が見えていました!
「えっ?駅からこんなに近いの?」と思わずビックリ・・・

※左上:湘南モノレール『目白山下』駅・・・・・・現地より約160m(徒歩2分)/2015年2月撮影。
※その他2点:現地周辺の街並み・・・・・・現地より約80m(徒歩1分)/2015年2月撮影。

明治後期から大正時代にかけて、
“海の見える別荘地”として著名人に愛された街、腰越!


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▲日本史が好きな方は、『腰越』と聞いて真っ先に源義経を思い出されたかもしれません。
実は、ここ『腰越』は、壇ノ浦の合戦のあと、
兄・頼朝の怒りを買ってしまった義経が鎌倉入りを止められ、
元歴2(1185)年、頼朝の許しを請うために嘆願状を送ったとされる『腰越状』の舞台となった場所。
当時義経が身を寄せていた『満福寺』は、今も『腰越状が書かれた寺』として
多くの日本史ファンが立ち寄る歴史散策スポットとなっています。

※満福寺・・・・・・現地より約1.0km/2015年2月撮影。

その後、歴史は明治へと移り変わり、
明治17(1884)年、当時の内務省衛生局長だった医学者・長与専斎や、
西洋医学を日本に伝えるために招かれたドイツのベルツ博士によって、
『鎌倉』が海水浴場として見出されたことや、
明治22(1889)年に横須賀線が開通したことなどをきっかけにして、
皇族や文化人が湘南エリアに別荘地を持つようになったのですが、

特に、ここ『腰越』『目白山下』エリアは、
鎌倉の中でも“風当たりが穏やかで、眺望にも恵まれている”という理由から、
福沢諭吉一族や、女優の田中絹代、時の宰相・原敬などが別荘を構えた場所として知られています。

中でも、原敬は大正4(1915)年に建てた『腰越』の別荘を好んで週末を過ごしたと言われ、
その日本家屋は『腰越荘』の名前で親しまれてきましたが、
現在は、故郷である岩手県盛岡市の原敬記念館や大慈寺に分割して移築され、
当時の別荘文化を物語る建築資料として現在も保存されているそうです。

【鎌倉・腰越の丘 住宅地】ホームページおよび地域の史実から引用したもの。

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▲【鎌倉・腰越の丘 住宅地】からも程近い腰越海岸。
この穏やかな海の風景は、古くから多くの文化人・著名人に愛され続けてきた歴史を持っています。

※片瀬海岸東浜海水浴場・・・・・・現地より約590m/2015年2月撮影。

さて、次回のレポートでは、
【鎌倉・腰越の丘 住宅地】の現地の風景を詳しくご紹介します!どうぞお楽しみに。

■次回更新予定日/2015年2月26日木曜日予定
※更新予定日は実際の更新日と前後することがあります


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